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2012年6月6日水曜日

2012年度大会の様子

2012年度歴史学研究会大会は5月27日(日)に行われました。
近代史部会の様子を紹介します。


趣旨説明を行う藤田怜史運営委員


報告① 畑野勇氏


コメント① 日野川静枝氏


報告② 隠岐さや香氏


コメント② 崎山直樹氏


全体討論の様子①


全体討論の様子②


会場の様子①


会場の様子②


司会は運営委員の武田祥英と酒井晃が担当しました。

活発に議論が交わされ、大変な盛会となりました。


たくさんのご来場、ありがとうございました。


3・11後の歴史的地平―科学・技術、国家、社会-

 2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震とそれにともなう大津波,そして東京電力福島第一原子力発電所の事故は,科学・技術に関して相反するかのように見える二つの反応を惹起するものであったといえよう。すなわち,一方では科学・技術の「進歩」に対する不安や懸念,他方ではそのさらなる「進歩」の希求である。
 科学・技術への不安は,とりわけ福島第一原子力発電所の事故に起因するものであった。その事故は原子力に対する茫漠とした恐怖を明確に現実化し,その結 果原子力発電への批判的な声が高まり,それを可能とした科学・技術の「進歩」への不安が生じたのである。さらに,原子力の専門家として原子力行政に関わってきた科学者・技術者の信用失墜は著しく,対照的に原子力発電に批判的な科学者が脚光を浴びるという光景が見られた。原子力発電に対する,科学者個人の態度そのものが問題とされたのである。
 しかし原発事故が改めて浮き彫りにしたのは,科学者や技術者個人の問題よりも,大学を含む諸種の研究機関,企業,国家,社会の関係の内に横たわる構造的な問題であった。すなわち,原子力発電の開発という国策遂行のなかで,国家,大学,企業などが一体となってそれを推進し,内外からの批判がなされにくい状況がつくられていたのである。原発事故が惹起した科学・技術への不安,原子力行政に関わってきた科学者や技術者への不信も,こうした構造が抱える問題に起因している。
 他方,震災と津波,原発事故は,科学・技術のさらなる「進歩」を希求する声も生んだ。すなわち,地震予知,津波の早期警戒網の確立,10メートル超の津 波を防ぐ大規模な堤防整備などの防災・減災の分野や,原子力発電所の安全向上,あるいは脱原発を進めた場合の代替エネルギー開発などにおいて,さらなる科 学・技術の革新が求められている。この面においては,科学・技術を取り巻く政治的・社会的構造が問題視されているようには思われない。むしろ,科学・技術の「進歩」を効率的に推進するための,新たな研究体制の構築や重点的資金配分が期待されているのである。
 このように,2011年3月11日の大震災と原子力発電所の事故によって,科学・技術を取り巻く構造が問題化されながらも,その根本的再考にはいたって いない。むしろこの二つの測面は科学・技術と国家や社会との関係の根深さを明らかにしており,その解明は歴史学の課題である。そこで2012年度歴史学研 究会・近代史部会大会では,「3・11後の歴史的地平──科学・技術,国家,社会──」というテーマを掲げ,科学・技術,科学者・技術者,研究機関や研究 者集団が,国家や社会と築いてきた関係を歴史的に検証したい。科学・技術をめぐる構造を地域横断的に検討することで,現在に生きるわれわれが,いかに科 学・技術との関係を築いていくべきかについて有益な示唆が得られるだろう。
 科学史・技術史の文脈では,1980年代以降,科学・技術を国家や社会との関係性という観点から捉えなおす研究潮流があった。そのなかで,第一次世界大 戦を契機として,科学・技術を扱う専門家集団が国家との関係を緊密化していったことが指摘されるが,そうした関係を体現するもっとも顕著な例が,第二次世界大戦後のアメリカ合衆国で急速に発達したといわれる軍産複合体であろう。近年,この軍産複合体のなかに組みこまれた研究機関としての大学の役割を強調し,それを「軍産学複合体」と呼称する向きがあるが,第一報告者の畑野勇氏は,近代日本のなかに「軍産学複合体」を見出す。畑野氏の報告「戦時体制期日本 の「軍産学複合体」──科学・技術の専門家集団の膨張とその問題性──」は,軍事関連技術の専門家集団であった陸海軍が重工業界や大学との間に形成した 「軍産学複合体」の活動を取り上げ,科学・技術をめぐる意思決定主体が専門家集団に限定されがちであることの弊害について考察する。この複合体が戦時体制 期に,人的資源の配分決定権をはじめとして,物的・財政的諸資源の配分や工業生産力の調整にも多大な影響を及ぼすと同時に,研究開発をめぐる共同体内部で の平等互恵性と,外部からのチェック抑制を排除する閉鎖性という二面性をも有し,結果として国民に多大な惨禍をもたらしたことを畑野報告は明らかにする。
上記のごとく,科学・技術と国家や社会との関係が,近現代の枠組みにおいて考察される傾向があるのに対し,科学的な知の営みや認識論的枠組みの違いを意識しながら,近代以前における同様の問題に取り組んできたのが,第二報告の隠岐さや香氏である。隠岐氏の報告「パリ王立科学アカデミーにみる近代科学と国 家」は,近代西洋社会における国家による最初の本格的な科学研究機関の一つとされるパリ王立科学アカデミーに焦点を当てる。当時のフランスでは大学は科学研究の中心にはなく,アカデミーと呼ばれた組織がそれを担っていた。同アカデミーはフランス革命期に廃止されるものの,その関係者が今日にもつながる科学 の諸制度を構築していったのである。隠岐報告は,この科学アカデミーが出現した経緯,および時代ごとの国家や社会との関わりを検証し,それにより近代国家 の形成と自然科学の制度化がどのように関わりあっていたのかを考察するものである。
 さらに,第二次世界大戦前のアメリカの原子力研究を専門とする日野川静枝氏,近代アイルランドにおける高等教育を専門とする崎山直樹氏にコメントをお願いする。時代・地域の異なる報告とコメントを通じ,それぞれの時代・地域における科学・技術の特殊性が導き出されるとともに,比較史的観点から有益な議論が引き出され,歴史全体における科学・技術の重要性について深い考察がなされることを期待する。(藤田怜史)

[参考文献]
畑野勇『近代日本の軍産学複合体──海軍・重工業界・大学──』創文社,2005年。
隠岐さや香『科学アカデミーと「有用な科学」──フォントネルの夢からコンドルセのユートピアへ──』名古屋大学出版会,2011年。

2011年6月24日金曜日

2011年度大会の様子





5月22日に行われた歴史学研究会近代史部会大会の様子です。



                    趣旨説明をする武田祥英運営委員



                    報告をする愼蒼宇氏


                    報告をする浅田進史氏




                    コメントをする檜皮瑞樹氏





                    コメントをする宋蓮玉氏





                    全体討論の様子①


                    全体討論の様子②



                    会場の様子①

                    会場の様子②


                司会は、運営委員の上地聡子と繁田真爾が担当しました。







活発に議論が交わされ、大変な盛会となりました。


たくさんのご来場、ありがとうございました。







2011年5月21日土曜日

2011年度歴研近代史部会大会

2011年度 歴研近代史部会 大会

植民地認識を問い直す──継続する「戦争」、終わらない「分断」

日時:2011年522日(日)、10:00~

会場:青山学院大学青山キャンパス[会場案内図]

報告者:
愼蒼宇さん
「朝鮮半島の「内戦」と日本の植民地支配──韓国軍事体制の系譜」
浅田進史さん
「植民地における軍事的暴力と社会創造──ドイツ植民地統治の事例から」

コメンテーター:宋連玉さん、檜皮瑞樹さん

司会:繁田真爾さん(近代史部会運営委員)、上地聡子さん(近代史部会運営委員)

主旨文:

 19世紀以降に構築された植民地主義は、今なお機能している。現代における資本と労働の新たなグローバルな編成のもとでは、かつての『先進』/『後進』 の枠組みは融解したかに見える。しかし、植民地支配から連なるむき出しの暴力と社会の分断は、旧植民地社会に偏在し、この枠組みをむしろ再編成し強化している観さえある。これらの意味で、“植民地支配は終わっていない”。この植民地主義の継続に対して、旧宗主国の人々の関心が希薄であるならば、そうした継 続を不可視化する構造を問う営みは喫緊の課題であろう。

 近代史部会はここ数年「近代の支配原理」に注目してきた。今年度はその一環として、継続する「戦争」と終わらない「分断」という観点から植民地支配とそ の認識を再検討する。植民地研究の多様なアプローチのひとつとして、植民地時代から継続して現地の社会を規定してきた政治的な権力関係に対する新たな認識 を喚起した「植民地責任」論が近年とくに注目を集めており、2010年度の大会全体会「いま植民地責任を問う」でも取り上げられた。我々はこの「植民地責任」論の成果のなかでも、とりわけ次の二点──1. 制度的な独立以後も暴力的な支配体制が残存し、その社会を分断したシステムもまた解体されることがなく、 むしろより巧妙な権力関係となって現在まで機能し続けていること、2. いわゆる戦時の問題のみを扱ってきた従来の「戦争責任」論とは異なり、平時を含む恒常的な生活の破壊についても考察の対象としたこと、に注目したい。

 植民地主義は、表向き現地の安定と発展を標榜することで支配の正当性を確保していた。反面、その社会を支えてきた独自のシステムは非合理的なものとして 否定され抑圧されるとともに現地の人々を引き裂き相争わせるシステムがその社会の深くにまで打ち込まれる。たとえば英国のパレスチナ委任統治においては、 欧米「ユダヤ人」を頂点とした支配体制を構築するために、現地アラブ人社会のあり方を「野蛮」と規定して、旧来のイスラム教、キリスト教、ユダヤ教の宗教 共同体間秩序を破壊し、暴力の応酬を恒常化させた。このように植民地主義の支配体制は、現地社会を蹂躙しただけでなく暴力の契機を振りまくことで、なによ りも人々の生活を脅かし続けるものであった。そして、今なお世界各地ではその残滓に苦しめられている人々がいる。この意味で植民地とされた社会は今日まで 常に平和から最も遠い位置にあるといえるだろう。

 一方で宗主国の社会は、「文明化の論理」という神話のもとで、植民地支配体制を是認していた。この論理に従うなら、本大会のキーワードである「戦争」と 「分断」は、宗主国側からすればたとえば「秩序維持」と「社会の再編成」と読み替えられる。植民地社会を暴力的に組み換え、宗主国に都合のよいシステムに 変容させられる過程は、この読み替えのレンズを通すことで悲惨な現地の実態や血生臭さが取り除かれ、好ましい価値観を付与され、宗主国社会の人々の歓心を 得る幻想へと置換された。「共存共栄」というようなグロテスクな幻想は、こうした正当化の読み替えを植民地への認識上の暴力に変換させる重要な仕掛けであ る。この幻想の下では植民地の抵抗活動は目指すべき理想への障害として扱われ、抑圧や現地支配協力者への権力の強化を促すことになってしまった。加えて、 このような幻想が機能していることは、宗主国の社会、また国際社会からもその支配体制が是認され、宗主国同士の協力体制が構築されるうえで不可欠であっ た。

 植民地支配とは、このように植民地および宗主国、さらには国際関係にいたる多層な構造によって成立していた。これが継続して機能していることに関しては 多くの研究が指摘してきたことであるが、近年旧宗主国からの研究には植民地問題を正当化、合理化しようとするものが出てきている。植民地にまつわる幻想も また、いまだ機能しているようだ。植民地支配を通じて社会に内在化した「戦争」と「分断」のあり様に着目することで、このような幻想を批判し、近代以降に 構築されたこの暴力的な構造が、まさに我々の現在の社会の基礎にあることを明らかにして、植民地認識への新たな地平を拓くことを目指したい。

 以上の問題関心から、今回は以下の二人に報告を依頼した。

 愼蒼宇氏「朝鮮半島の「内戦」と日本の植民地支配──韓国軍事体制の系譜──」では、現代韓国における軍人優位の体系と民衆運動抑圧の体制が、日本と朝 鮮独立運動との50年にわたる「戦争」経験のなかでどのように形成されてきたのかを、1. 「親日派」軍人の形成過程、2. 植民地戦争下の社会組織化(自衛団/ 密偵組織など)、3. 朝鮮民衆の生活への影響と対立の様相、という三点に着目しながら検証する。そして、現代の朝鮮半島の「戦争」と「分断」に植民地主義が どのように再編されつつも継続しているのかを問い直す。

 浅田進史氏「植民地における軍事的暴力と社会創造──ドイツ植民地統治の事例から──」では、19世紀末・20世紀初頭のドイツ植民地統治の事例を通じ て、軍事的な暴力の存在・威圧・顕示・行使が植民地支配下に置かれた社会に与えた衝撃を、破壊のみならず、「創造」の側面に着目して再検討する。とくに、 その暴力を通じた社会創造──まさに「分断」の創造でもある──が、当時の植民地支配を前提としていた世界秩序をいかに支えていたかについて考察する。

 両氏の報告に対し、宋連玉氏と檜皮瑞樹氏からコメントをいただく。あわせて多くの方々の参加と議論をお願いしたい。

文責:武田祥英

2010年5月26日水曜日

2010年度大会の様子

5月23日に行われた歴史学研究会近代史部会大会の様子です。



                     趣旨説明をする佐貫正和運営委員




                        報告をする松田裕之氏



                         報告をする榎一江氏


                       コメントをする奥田伸子氏




                        コメントをする白井聡氏


                          全体討論の様子①



                          全体討論の様子②



                           会場の様子


              司会は、運営委員の太田亮吾と角田和広が担当しました。



たくさんのご来場ありがとうございました。



2010年4月10日土曜日

[速報]2010年度歴研近代史部会大会

歴史学研究会 近代史部会 大会

資本主義社会を生きるということ――労働の現場を通して

日時:2009年523日(日)、10:30〜

会場:専修大学生田キャンパス10号館 10201教室

報告者:

松田裕之
「20世紀初頭シカゴ食肉工場街の労働と生活――支配と変革の接点を探る」

榎一江
「工場の労働時間――日本製糸業の現場から」

コメンテーター:奥田伸子氏、白井聡

司会:太田亮吾(近代史部会運営委員)、角田和広(近代史部会運営委員)

時程:
10:30- 10:40 趣旨説明
10:40- 11:30 報告1. 松田裕之氏
11:30- 11:40 質疑
11:40- 12:30 報告2. 榎一江氏
12:30- 12:40 質疑
12:40- 13:30 休憩
13:30- 14:00 コメント1. 奥田伸子氏
14:00- 14:30 コメント2. 白井聡氏
14:30- 14:50 休憩
14:50- 全体討論
17:00 終了予定

2010年度大会近代史部会主旨文「資本主義社会を生きるということ―労働の現場を通じて」


 近代史部会ではここ数年、人々の結びつきが分断・再構築される歴史的局面について検討を重ねてきた。その背景には、自由の概念を企業の自由に縮めて社会的連帯を解体していく新自由主義に対する批判的認識がある。また昨今の派遣労働などに見られるように、労働市場の流動化や不安定化が進む現在、そのただ中を生きる人々のうちにも離散や生産の非人格化を経験することによって、資本主義の破壊的側面に対する疑問や不満が高まりをみせている。
 昨年度の大会報告では、資本主義の問題を、労働成果の再分配だけに求めるのではなく、働く者にとって労働そのものが持つ意味を問い直す視点が提示され、賃金制度や分業を通じて支配構造が貫徹するようにみえる労働の現場のうちに、これらを打ち破る相互扶助の原理に基いた実践が強く息づいていると捉えることの重要性が強調された。この場合労働とは、資本主義による社会編成の基底になると同時に、それとは異なる共同性の紐帯を構成する場にもなりえる両義的なものとして理解される。近代史部会ではこれまでも、労働の観点から近代社会において形成される多様で重層的な主体をいかに捉えるかについて議論を重ねてきたが(例えば2002年度大会報告を参照)、資本主義社会を問う契機を労働そのものの中から読み解く作業は今なお課題として残されている。
 以上をふまえて今年度は、支配とその変革の契機が交錯しあう場と、それを構成する労働の現場を生きた人々の活動と思想をその深部から問うことによって、資本主義社会の構造を考えたい。
 またその際には、労働の現場に視座をすえて、人々の具体的な生の様式をその根底からつかむとともに、資本主義を批判的に対象化する理論にまで高め、再び労働の現場に下降するという不断の往還運動として捉えることの重要性にも留意する。例えばハリー・ハルトゥーニアンは、不均等発展と万物の商品化を生む資本主義からの脱出と抵抗を求める欲望が、資本主義の外部に永遠の共同体を渇望するモダニズムイデオロギーの形成を促し、1930年代には資本主義を観念的に批判しながらもその物質的基盤を肯定したファシズムに連結するプロセスを検証した(『近代による超克』、岩波書店、2007年)。ここからは、生の営為の中から紡ぎだされた資本主義に対する批判理論もまた、人々の生を縛る枷となりうること、それゆえ具体的現場との関係で改めてこれらを問い直すことの意義が導かれる。
 加えて、こうした生きる現場に視座をすえることの重要性は、資本主義権力とそれを支える各主体の相関関係のプロセスの内部に解放の契機を創造したネグリ&ハートの議論を補助線とすることでさらに理解が深まると考える。彼らは、生の管理を通じておこる資本の搾取をその身体に刻みながら社会的生産を担い、人種やジェンダーに基く階層秩序に包摂されつつその一部を移動性と混交性によって打ち破る人々がもつ潜勢力をマルチチュード(多数多様性と訳される)とよんでいる。彼らの使用するマルチチュードには、相互補完的な二重の意味がある。すなわち、①グローバル資本主義に照応して人々の生を管理するネットワーク状の<帝国>的権力を内部で支えながらも、それに対抗しうるものとして立ち現れつつある存在を示唆する概念、②歴史を生きる人々の根底に常に潜在してきた一人ひとりの「生きる欲求」や他者と共同的に「生きる力」を把握する概念、である。
 一般的に言って、マルチチュードは①に関わる議論が多いが、人々の深部を問う参考軸として、今年度はより根源的な②の視角を汲み取ることで、①をめぐる議論の深化をはかりたい。②の観点からみた場合、マルチチュードとは、スピノザの「絶対的民主主義」(全員による全員の統治)や、マルクスの「生きた労働」(使用価値の独立性)の系譜から説明される、資本の支配のもとで働きながら、潜在的には資本の支配を拒否する全ての人々に内在する「自律的に社会を形づくる能力」として捉えることができる。それは、何ものにも媒介されえない根源的な潜勢力であり、人々の生を固定化した実体として捉えようとするあらゆる表象を問い直す基点となりうるものとして把握できる。またそれは、歴史研究が、資本主義社会を生きる人々の経験をどのくらい深い次元で対象化できるかを問うことにもなるだろう。
 以上のような問題意識から、運営委員会は松田裕之氏と榎一江氏に報告を依頼した。
 松田裕之氏の報告「20世紀初頭シカゴ屠場街の労働と生活―支配と変革の原風景素描―」は、20世紀初頭のシカゴ屠場街(パッキングタウン)を舞台として、東南欧系移民や南部出身の黒人からなる多種多様(ハイブリッド)な労働者群の生活実態を描くことにより、資本主義に内在する「差別性」・「非人間性」・「疎外性」などを浮き彫りにすると同時に、これら「生」破壊的な側面を打破・止揚する理念と実践が生まれる可能性を労働現場という空間(トポス)に探りたい。
 榎一江氏の報告「工場の労働時間―日本製糸業の現場から―」は、近代日本の経済発展を底辺で支えた製糸業における労働時間の変遷に着目する。一般に長時間労働として問題視されてきた工場の労働時間は、工場で働くということをどのように規定したのであろうか。労働時間の歴史を再検討することによって、製糸業の現場から資本主義社会の構造を問う。
 両氏の報告に対し、奥田伸子氏と白井聡氏からコメントをいただく。

文責:佐貫正和


参考文献(副題は省略)
安田常雄「民衆史研究の現在」『歴史研究の最前線』3、2004年。
アントニオ・ネグリ、マイケル・ハート『マルチチュード』、NHKブックス、2005年。
松田裕之『労働者文化の胎動』清風堂、1999年。
榎一江『近代製糸業の雇用と経営』吉川弘文館、2008年。

[歴史学研究会の大会ページ]もご参照下さい。
近代史部会大会を開催します。みなさまのご参加をお持ちしております。

歴史学研究会 近代史部会 大会

資本主義社会を生きるということ

――労働の現場を通して

日時:2009年523日(日)、10:00〜

会場:専修大学生田キャンパス10号館 10201教室

[歴史学研究会の大会ページ]をご参照下さい。

報告者:

松田裕之
「20世紀初頭シカゴ食肉工場街の労働と生活――支配と変革の接点を探る」

榎一江
「工場の労働時間――日本製糸業の現場から」

コメンテーター:奥田伸子氏、白井聡

司会:太田亮吾(近代史部会運営委員)、角田和広(近代史部会運営委員)

時程:
10:30- 10:40 趣旨説明
10:40- 11:30 報告1. 松田裕之氏
11:30- 11:40 質疑
11:40- 12:30 報告2. 榎一江氏
12:30- 12:40 質疑
12:40- 13:30 休憩
13:30- 14:00 コメント1. 奥田伸子氏
14:00- 14:30 コメント2. 白井聡氏
14:30- 14:50 休憩
14:50- 全体討論
17:00 終了予定
[趣旨文を読む]

2009年6月1日月曜日

2009年度大会の様子

5月24日に行われた歴史学研究会近代史部会大会の様子です。



趣旨説明をする片倉運営委員。



報告をする田中氏。



報告をする梅森氏。



コメントをする山口氏。



コメントをする木下氏。



討論の様子。



たくさんのご来場、ありがとうございました。



司会は、運営委員の森下と廣木が担当しました。

2009年5月18日月曜日

2009年度歴研近代史部会大会

近代史部会大会を開催します。みなさまのご参加をお持ちしております。

歴史学研究会 近代史部会 大会

帝国秩序とアナーキズムの形成

――抵抗/連帯の想像力

日時:2009年524日(日)、10:00〜

会場:中央大学多摩キャンパス
[歴史学研究会の大会ページ]をご参照下さい。

報告者:

田中ひかる
「アメリカ合衆国におけるロシア系移民アナーキスト――1880年代から1920年代」

梅森直之
「日本思想史におけるアナーキズムの位置――初期社会主義との関連を中心に」


コメンテーター:山口守氏、木下ちがや氏

司会:森下嘉之(近代史部会運営委員)、廣木尚(近代史部会運営委員)

時程:

10:00- 10:10 趣旨説明
10:10- 11:10 報告①田中ひかる氏
11:10- 11:20 質疑
11:20- 12:20 報告②梅森直之氏
12:20- 12:30 質疑
12:30- 13:30 休憩
13:30- 14:00 コメント①山口守氏
14:00- 14:30 コメント②木下ちがや氏
14:30- 14:50 休憩
14:50- 全体討論
17:00 終了


【2009年度大会近代史部会主旨文】

帝国秩序とアナーキズムの形成―抵抗/連帯の想像力

 今年度の近代史部会は,「アナーキズム」を取上げ,その思想=実践形態がどのような歴史的・社会的・政治的文脈のなかで誕生し,どのように展開した/しているかを再検討する。
 今日の反グローバル化運動のなかで,「アナーキスト」を名乗る人々が多く登場し,アナーキズムが抵抗/連帯の政治的方法論ないしヴィジョンとして提起されている。ここで語られる「アナーキズム」は,国家を越えた多様な地域的抵抗をその差異のままに連帯可能にする実践,つまり「真のグローバル化」運動(D・グレーバー)と解釈されている。近年の歴史学研究において,新自由主義やグローバル化が批判的に検討されているなかで,それらに抵抗するものとしてアナーキズムを歴史的に再検討し,その可能性を論じることの意義は非常に大きいだろう。
 戦後歴史学においても,アナーキズムに関わる研究が多く蓄積されてきた。だがそれらが地域単位,国民国家単位の研究であったことは否めない。しかしながら,近年のアナーキズム研究は新自由主義とグローバル化に伴う問題に応答し,地域単位の研究蓄積を新たな枠組みのなかで,批判的に発展させている。すなわち,アナーキズムが今日のグローバル化の根ともいうべき歴史的状況において成立し,国民国家の単位を越えて展開する「帝国」の統治秩序の随伴/対抗運動として拡大した,ということを明らかにしつつある。
たとえば,ベネディクト・アンダーソンは,1880年代の初期グローバル化においてアナーキズムが形成されたという見取図を示した。初期グローバル化とは,帝国主義と世界的なネットワークの拡大を指す。1880年代からロシア革命以前の世界において,アナーキズムは,亡命や移民,そして刊行物の伝播によって,国民国家や地域の境界を越えたネットワークを形成することにマルクス主義よりも成功し,隆盛期を迎えた。
 たしかに,ロシア革命以降起こった「国家」と「社会主義」の結合の必然化は,アナーキズムを弱体化させ,その歴史的意義をも隠蔽してきた。だがアナーキズムは,現代にまで通じるグローバルな歴史的過程から現われてきたものなのである。歴史的にアナーキズムを再検討することは,グローバルな帝国秩序の歴史的存在形態を逆照射するとともに,脱国家的な抵抗という今日的問いを,歴史内在的に考察することへと繋がるであろう。
 以下,二点にわけて論点と課題を提示する。
 1)「アナーキスト」たちの地域横断的ネットワーク
 アナーキストたちは,初期グローバル化が可能にしたネットワークによりヨーロッパ地域を越えて運動を組織したが,この過程は植民地主義に抵抗する民族主義者たちの運動と同時並行して進んだ。たとえば1880年代以降,当初多くがアナーキストによって実行されたテロリズムは,ヨーロッパの民族主義者たち,そして植民地の民族主義者たちへと継承されていく。逆説的だがアナーキストたちは,帝国秩序への抵抗として展開されるナショナルなものと,それを越えるものとを結びつけることにより,広範な抵抗のネットワークを形成しえた。この内実を実証的に明らかにする必要がある。
 2)帝国秩序・抵抗運動との結合関係──「アナーキズム」という思想=実践の多形化
 アナーキズムの思想的意義も,こうした歴史的文脈のなかで明らかになる。こうしたネットワークにおいて,アナーキズムはそれが位置する地域ごとの政治的・文化的文脈に応じ,多形的に変容した。帝国・植民地主義への抵抗のなかで,統治の秩序に対して随伴/対抗という両義的な関係を持ちながら,アナーキズムは無数に変容し続ける。自らを「アナーキスト」と呼んだ人々の発話と実践は,帝国秩序を支える資本主義・エスニシティ・ジェンダー・地域主義といった他の無数の言説=実践と,流用・連帯・敵対関係におかれている。こうしたことが「アナーキー」という理念を多様化し,この理念を意味内容から定義することを困難にしてきた。だが,こうした重層的な歴史的文脈を解き明かすことによってこそ,アナーキズムの理念,ひいてはその現在性を考えることができる。今日の反グローバル化運動におけるアナーキズムの多様性も,帝国とグローバル化への抵抗のなかで繰り返されるアナーキズムの再解釈/再展開の延長線上に,成立しているのではないか。
 以上の観点から今年度の近代史部会は,田中ひかる氏と梅森直之氏に報告を依頼した。
田中ひかる氏「アメリカ合衆国におけるロシア系移民アナーキスト──1880年代から1920年代──」では,「人はなぜアナーキストになるのか」という問題を,ロシアからアメリカに移民してからアナーキストになった人々に焦点をあてて検討する。アナーキズムの成立という現象を,国民国家や地域という枠組みによってではなく,国境を越える人の移動や情報のやりとりという動向を軸にして捉えることを目指す。
 梅森直之氏「日本思想史におけるアナーキズムの位置──初期社会主義思想との関連を中心に──」では,アナーキズムを,資本主義に対抗する根源的な共同性構築の試みのひとつとして位置づけ,その思想的射程を,大杉栄や石川三四郎らの思想を中心に検討する。かれらのアナーキズムの特質を,階級や民族,種やジェンダーといった境界を超越する根源的な平等性の概念に見いだし,その思想と実践の意味を,資本主義ならびに他の対抗運動との連関のなかで明らかにすることを目指す。
 両氏の報告に対し,山口守氏と木下ちがや氏からコメントをいただく。さまざまな地域・分野からの参加と活発な議論を期待したい。(片倉悠輔)

〔参考文献〕*副題は省略
梅森直之編著『「帝国」を撃て』論創社,2005年。
田中ひかる『ドイツ・アナーキズムの成立』御茶の水書房,2002年。
同「アメリカ合衆国におけるロシア系移民アナーキスト」『歴史研究』46号,2009年3月。
デヴィッド・グレーバー,高祖岩三郎訳『アナーキスト人類学のための断章』以文社,2006年。
Benedict Anderson, Under Three Flags: Anarchism and the Anti-colonial Imagination. London, Verso, 2005.


2008年6月2日月曜日

2008年度歴研近代史部会大会報告批判会

 歴研近代史部会では、下記の要領で大会報告批判会を開催いたします。
 お誘い合わせの上、ふるってご参加ください。

*************************

2008年度近代史部会大会報告批判会

日時:629日(日)14:00
場所:早稲田大学早稲田キャンパス26号館302教室
http://www.waseda.jp/jp/campus/waseda.html

タイムスケジュール(仮):
14:00~14:10 部会の主旨説明
14:10~14:40 大会報告批判(1) 柴田暖子氏
14:45~15:15 大会報告批判(2) 黒川みどり氏
15:15~15:30 休憩
15:30~15:50 リプライ(1) 貴堂嘉之氏
15:50~16:10 リプライ(2) 松田京子氏
16:10~16:30 休憩
16:30~17:30 全体討論

2008年5月31日土曜日

2008年度歴研大会の様子

 遅ればせながら、5月18日に行われた、2008年度歴史学研究会大会近代史部会の様子をご紹介いたします。

 本年度のテーマは、「「分類」のポリティクス――近代的「人種」の再検討」でした。





 趣旨説明をする千代崎運営委員。趣旨文は、こちらをご参照ください。





第1報告は、貴堂氏。

「『人種化』の近代とアメリカ合衆国――ソシアビリテの交錯と『国民』の境界」







 お昼休みをはさんで第二報告は、松田氏。

 「植民地支配下の台湾原住民をめぐる『分類』の思考と統治実践」








 つづいて、池田氏によるコメントが行われました。








 同じくコメントの冨山氏。










 当日はのべ200名弱の参加者があり、活発な議論が交わされました。どうもありがとうございました。








 司会は、運営委員の佐野・新井が担当しました。



2008年4月27日日曜日

2008年度 歴史学研究会大会 近代史部会のご案内

近代史部会大会を開催します。みなさまのご参加をお持ちしております。

歴史学研究会 近代史部会 大会

「分類」のポリティクス

──近代的「人種」の再検討

日時:2008年518日(日)、10:30〜

会場:早稲田大学早稲田キャンパス
[歴史学研究会の大会ページ]をご参照下さい。

報告者:

貴堂嘉之氏「『人種化』の近代とアメリカ合衆国-ソシアビリテの交錯と『国民』の境界-」
松田京子氏「植民地支配下の台湾原住民をめぐる『分類』の思考と統治実践」


コメンテーター:池田忍氏、冨山一郎

司会:佐野智規(近代史部会運営委員)、新井正紀(近代史部会運営委員)

時程:

10:30 趣旨説明
10:40 報告(貴堂嘉之)
11:40 休憩
14:10 報告(松田京子)
15:10 休憩
15:30 コメント(池田忍)
15:50 コメント(冨山一郎)
16:10 休憩
16:20 リプライ
16:40 討論
17:40 終了


【2008年度大会近代史部会主旨文】

「分類」のポリティクス 近代的「人種」の再検討

 今年度の近代史部会では、「人種」をテーマとして取り上げ、「人種」が構築された歴史的・社会的状況とその後の展開を検討することで、「分類」することにどのようなポリティクスがあるのかを論じる。「人種」が身体的特徴を基にした単なる区別ではなく、差別と偏見を拠りどころに「人種」間の優劣を提示するために社会的に構築されたものであることは、これまでも明らかにされてきた。また、「人種」差別的であるとされた表現の禁止や、アメリカにおけるアファーマティブ・アクション廃止の動きに見られるように、今や「人種」差別はなくなりつつあり、差別されてきた者を「優遇」するのは逆差別であるとの主張もなされている。しかしながら、日本、アメリカ、ヨーロッパなどにおいて「敵」あるいは「他者」とみなされた人々への中傷・暴力といった「人種」差別は、新たな言説を伴いつつ、より複雑な形で再生産されている。こうした状況に対し、近代史部会では「人種」をめぐる近年の研究動向を参照し、そこで得られた分析視角を導入することで、これまで行われてきた/現在行われている「分類」の意味自体を批判的に検討することを目指す。
 ホワイトネス・スタディーズは、差別や「人種」問題を「マイノリティ」の側のみに焦点を当てて扱うことの限界性を指摘し、これまで「普遍的」な存在とされ観察の対象となることのなかった「白人」も、実は歴史的・社会的に構築された存在であったことを明らかにしている。ここでは、身体的特徴によって「白人」が定められているのではなく、「白人」という言葉によって示されているものも、地域や時代によって変化することが検証されている。また、「人種」についての学際的な研究では、「人種」が構築・再生産されている背景には、しばしば、ジェンダーや階級といった他の「分類」と相補的関係が存在することが指摘されている。この視角は、帝国と植民地において民族・階級・ジェンダーなどの「分類」が、複雑な権力構造の中で交錯していたことを指摘するポスト・コロニアル研究と共有されるものである。これらの研究においては、「分類」のポリティクスを認識するために、それぞれの「分類」の間の矛盾や共犯関係を検討することの重要性が提示されている。
 以上のような分析視角を基に、様々な近代的「分類」を脱構築する視点を提示するために、近代史部会では「人種」について考察する。近年の部会の問題意識とも関連させながら、以下の3つの論点を提示する。
①「人種」の近代性を検討する。前近代に各地で行われていた「分類」とは比べものにならないほど、体系化、グローバル化、身体化された「人種」概念は、どのような歴史的・社会的状況で必要とされ、また何によって強化されてきたのであろうか。国民国家と植民地という近代的状況で、「人種」の「分類」が行われた意味を問い直していく。
②「人種」と他の「分類」との関係性を論じる。前述したように、「人種」と他の「分類」は相補的関係にあることによって、曖昧で可変的でありながらも政治的に機能してきた。「人種」だけに着目することでは捉えきれない「分類」の権力性を認識することを目指す。
③劣った「人種」として「分類」された人々の反応に焦点を当てる。近年の近代史部会は、民衆あるいは「マイノリティ」とされた人々が権力に対して、どのような抵抗や交渉を展開したかに注目している。「人種」をめぐってもこうしたせめぎ合いが行われた。劣位に置かれた人々が、「われわれ」と「彼ら」の間の境界に対してどのように反応したのか、またその結果がどのようなものであったかを明らかにし、それぞれの人物・集団の反応を支えた論理を分析する。
 貴堂嘉之氏「『人種化』の近代とアメリカ合衆国―ソシアビリテの交錯と『国民』の境界」では、「近代」を読み解く歴史的視座として、「人種」がいかなる可能性を持っているのかを報告していただく。「人種化の時代」として近代を捉え、そこでアメリカ合衆国が果たした歴史的意味を検証する。アメリカ合衆国の国民化は、つねにホワイトネスを核にした人種化と相補的な関係を結びながら展開してきた。この国民化と人種化の歴史を、ソシアビリテ(社会的結合)の観点から、階級、ジェンダー、エスニシティとの相関関係に着目しつつ「国民」とは誰かをめぐる包摂と排除の歴史を分析すると同時に、近代におけるヒトの移動の中心としてのアメリカ合衆国が、この「人種」の近代に果たした世界史的な意味についても検証する。
 松田京子氏「植民地支配下の台湾原住民をめぐる『分類』の思考と統治実践」では、日本による植民地支配下の台湾において、人口数的にも社会的位置といった点からも圧倒的なマイノリティであった台湾原住民に焦点をあてて報告していただく。彼ら・彼女らを「分類」し、支配しようとする思考と実践が、具体的にどのような形で展開され、どのような暴力性を孕んだのかを考察する。
 両氏の報告に対し、池田忍氏と冨山一郎氏からコメントをいただく。多くの方々に参加していただき、活発な議論の場となることを期待する。
(千代崎未央)

[参考文献]
貴堂嘉之「未完の革命と「アメリカ人」の境界―南北戦争の戦後50年論」川島正樹編『アメリカニズムと「人種」』、名古屋大学出版会、2005年。
松田京子『帝国の視線』吉川弘文館、2003年。
ロンダ・シービンガー『女性を弄ぶ博物学 ―リンネはなぜ乳房にこだわったのか?』工作舎、1996年。

2007年7月20日金曜日

1989年度大会の記録

近代国家成立期における「名望家層」の役割

  • 近代日本における名望家支配:筒井正夫

  • 近代ドイツの国家と都市名望家:藤田幸一郎

  • 英領マラバールの社会構造と地域指導者:粟屋利江

1988年度大会の記録

「周辺」地域における近代国家形成の模索

  • 明治憲法体制形成期の自由民権運動:安在邦夫

  • 近代エジプトにおける国家と農民:加藤博

  • 近代における中東欧の国家再編:羽場久浘子

1987年度大会の記録

民衆世界と近代

  • フランス革命における伝統的心性と革新的心性──マラー葬儀を中心として:立川孝一

  • 中国農村の市場(いちば)社会と民衆生活──義和団の神々たち:中村哲夫

  • 近代社会成立期の民衆運動──負債農民騒擾における正当性観念を中心にして:稲田雅洋

1986年度大会の記録

19世紀近代化過程における「外圧」と国家──従属か自立か

  • 東アジアにおける「外圧」の構造:杉山伸也

  • 維新変革の基礎過程──対外的契機と「編成替」:石井寛治

  • 近代朝鮮の商人資本等の外圧への諸対応──甲午以降(1894〜1904年)期の「商権」問題と生産過程:梶村秀樹

1985年度大会の記録

ブルジョア革命における権力と民衆

  • 自由民権期における権力と政党:大日方純夫

  • 権力的改革の構造とその背景──辛亥革命の経済史的位置:黒田明伸

  • ドイツ1848年革命像の再検討──革命期ベルリンの市民軍をめぐる事例研究を手がかりに:川越修

1984年度大会の記録

近現代史合同部会1

近代世界の成立と非ヨーロッパ社会

  • 幕末開国の世界史:加藤 祐三

  • 「アラブ民族運動」の再検討──「アラブの覚醒(ナフダ)」期を中心として:臼杵 陽

  • インド19世紀後半の飢饉とその社会経済的性格:脇村 孝平



近現代史合同部会2

帝国主義の体制的危機における国家支配と民衆

  • ニューディールの再検討:秋元 英一

  • 国民革命期に至る栄家企業と軍閥支配:大野 三徳

  • 戦間期における国民統合の変化──地方=農村における既成政党の統合をめぐって:鈴木 正幸



近現代史合同部会3

現代における平和の諸問題

  • 非同盟と平和──1950年代末〜1960年代東南アジアを中心に:桐山 昇

  • ベトナム戦争批判とアメリカ知識人──G.コルコの場合:藤本 博

  • ハルビンからフォート・デトリックまで──細菌兵器開発と科学者の戦争協力:常石 敬一

1983年度大会の記録

近現代史合同部会1

19世紀資本主義の世界体制と周辺

  • 19世紀ペルーの従属的発展:辻豊治

  • 第一次大戦前の金鉱業出稼労働とアフリカ人社会:奥本栄一

  • 19世紀オランダのインドネシア支配とその歴史的環境:宮本謙介



近現代史合同部会2

ベルサイユ・ワシントン体制下の帝国主義支配と民衆

  • 両大戦間期における農業政策と農村側の対応:加瀬和俊

  • 国民革命の展開とワシントン体制の変質:坂野良吉

  • 1920年代アメリカの対外政策の経済的基盤:長沼秀世



近現代史合同部会3

「高度経済成長」の歴史的諸条件

  • 高度経済成長と日本の労働運動:高橋彦博

  • タイにおける資本主義化と農村の変化:北原淳

  • イランにおけるアメリカの支配:日高英実

1982年度大会の記録

帝国主義期の支配構造

  • チェコスロバキア第一共和国の内政システムの形成とその特質(1918〜1921年):林忠行

  • 日本帝国主義の支配構造──1920年代における天皇制国家秩序再編成の意義と限界:渡辺治

  • 民国期中国の支配構造──1920年代前半の軍閥支配と民族運動:平野和由

1981年度大会の記録

帝国主義と農業・農民問題

  • 総有団体kozbirtokossag:ハンガリーにおける農村共同体の一形態──第一次世界大戦前後における農民経営の一接近:家田修

  • 第一次大戦後の農民問題:林宥一

  • 帝国主義成立期の浙江農村社会──台州土匪と浙江革命派:秦惟一

1980年度大会の記録

帝国主義と労働者階級

  • ドイツ労働組合運動における総委員会体制の確立過程:芝野由和

  • 日本帝国主義確立期の労働問題:安田浩

  • 日本紡績資本の中国進出と「在華紡」における労働争議──5.4〜5.30時期をつうじて:高綱博文