2013年4月30日火曜日

歴史学研究会近代史部会 2013年大会 「移動をめぐる主体と「他者」-排除と連帯のはざまで-」 主旨説明〔2013年5月26日(日)開催〕

歴史学研究会近代史部会 2013年大会 「移動をめぐる主体と「他者」-排除と連帯のはざまで-」 主旨説明

日時 2013年5月26日(日)9:30~
会場 一橋大学国立キャンパス(東京都国立市中2-1) JR中央線国立駅より徒歩6分

報告者
飯島真里子さん
「フィリピン引揚者による戦争体験の沈黙と共有-帝国と国民国家の狭間で-」
村田勝幸さん
「アフリカン・ディアスポラと人種連帯のかたち-黒人移民史とニューヨーク都市史の交差-」
村田奈々子さん
「二重に疎外された人々-ギリシア・トルコ強制的住民交換とギリシア人難民-」

コメント
赤尾光春さん・眞城百華さん

主旨説明
 近代史部会では,これまで国民国家批判を通じて,近代における支配様式・植民地主義・国民統合について議論を蓄積してきた。そのなかで提起された主題 の一つは,近代における主体形成の問題であった。それは国民国家が形成され展開していくなかで,主体としての人々がどのように生きたのか,経済構造・国内 秩序・国際関係といった要因にいかに規定されたのか,という問題の解明であった。すなわち,国民化とそれに伴う「他者」の構築および排除への反省と超克を 目指すものであったといえよう。こうした試みは一定の成功を収めたが,残された課題も多い。その一つが,国民化の過程から排除された人々の主体形成の問題 である。国家の枠組みの内外に存在する多層的な地域間関係のあり様と,国民化の過程から排除され地域間を移動する人々の生き様を明らかにすることは,近代 の総体的把握のためには不可欠である。
 そこで,今回はテーマを「移動をめぐる主体と「他者」─排除と連帯のはざまで─」とし,近現代における移動する/させられる人々と「他者」との出会 い,軋轢,そして連帯の諸相を紐解いてみたい。今日,グローバル化の影響が深く社会に浸透し,人々の生を規定している。国民や民族のみならず,地域社会や 家族といった一人一人の人間を取り巻くコミュニティすらも,アプリオリに存在するものではなく,歴史のなかで構築されたものであることが明らかになりつつ ある。固定的な人と人とのつながりを当然のものとして期待できなくなりつつある現代にあって,人はいかなる関係を「他者」と結んでいくのだろうか。
 本部会テーマは,こうした問題意識を念頭に近現代史を再考するものである。人々が移動する時,そこには常に「自己」と「他者」との関係性が付随し,そ れは主体の意識のあり様に応じて構築される。「他者」との関係性のなかで排他的に国民化を志向する人々がいる。他方,必ずしも国民化の回路にそぐわないよ うなトランスナショナルな軌跡や多様な生き方,意識のあり方も存在する。「他者」と主体の境界は必ずしも自明ではない。「他者」とは,可変的で,ときに自 らと重複するアイデンティティによって包摂され,連帯する相手ともなる存在なのである。そこで本年度は,移動に着目して,人々の営みが持つこうした両義性 を考察する。人々は近代化や公権力,資本や植民地主義の暴力によって移動を強いられる存在であり,ときに権力と結び付くことで,「他者」を排除し,自身の 地位向上を試みる存在でもありうる。一方,人々は新たな「他者」と出会い,さまざまな軋轢を経験するなかで,権力に抗し,連帯を築き上げていく存在でもあ る。こうした移動の諸相に焦点を当てつつ,以下の点について明らかにしたい。第一に,人はいかなる契機をもって移動という手段を選択する/選択せざるをえ なくなるのか。第二に,移動した人々は移動先で「他者」といかなる関係を築いたのか,そして国家権力や帝国支配とどのような関係を有したのか。第三に,移 動する人々の生活や意識はどのようなものだったのか。外部から既存のコミュニティへの移動は痛切な疎外意識をもたらす一方,新たな人間集団の参入はコミュ ニティ変容の契機となりうる。以上の観点から,移動により既存の秩序が揺らいでいくプロセスに焦点を当てたい。
 そこで本年度は,広く20世紀初頭から現代に至るまでを視野に収め,それぞれの時間と空間における人々の「他者」との関係の結び方を検討すべく,以下 の3氏に報告をお願いした。飯島真里子氏は「フィリピン引揚者による戦争体験の沈黙と共有─帝国と国民国家の狭間で─」と題して報告する。アジア太平洋戦 争中,日本帝国勢力圏内であった東アジアや東南アジア地域では,多く「一般市民(=移民)」が犠牲となった。飯島報告では,フィリピン引揚者の戦争体験を テーマに,日本帝国崩壊と国民国家再編のなかで,引揚者の戦争体験が国家レベルで「矮小化」されていく過程と背景について考察する。その一方で,「墓参」 という戦後の日比間移動が,当事者の戦争体験の想起と共有化に重要な役割を果たしていることを論じる。
 村田勝幸氏は「アフリカン・ディアスポラと人種連帯のかたち─黒人移民史とニューヨーク都市史の交差─」と題して報告する。アメリカ合衆国における 1965年移民法制定以降急増した西半球からの移民には,西インド諸島出身者も多く含まれていた。彼らの流入は,ニューヨークなどに住む黒人人口の内的多 様性を増した。黒人を「非移民」としばしば前提してきたアメリカ史のなかで,この展開はどのような意味を持っているのか。村田報告では,「アフリカン・ ディアスポラ」という枠組みを手掛かりに21世紀転換期ニューヨークにおける多様な黒人住民の人種連帯のかたちに注目する。
 村田奈々子氏は「二重に疎外された人々─ギリシア・トルコ強制的住民交換とギリシア人難民─」と題して報告する。第一次世界大戦後のギリシア・トルコ 戦争を経て,オスマン帝国は解体し,トルコ共和国が誕生した。その過程で,小アジアの正教徒はギリシア人難民として,「母国」ギリシアに移動することを余 儀なくされた。「母国」で彼らが出会ったのは,「同胞」としてのギリシア人ではなく,「他者」としてのギリシア人だった。村田報告では,ギリシア人難民の 経験や独自のアイデンティティ形成を,「他者」としてのギリシア人,ギリシア国家との関係から論じる。
 コメンテーターには,ユダヤ文化研究の赤尾光春氏と,エチオピア・エリトリア研究の眞城百華氏のお2人に依頼した。当日の活発な議論を期待する。(小阪裕城・鳥羽厚郎)

[参考文献]
飯島真里子「フィリピン日本人移民の戦争体験と引揚げ─沖縄出身者を中心に─」(蘭信三編『帝国崩壊とひとの再移動─引揚げ,送還,そして残留─』勉誠出 版,2011年)。
村田勝幸『アフリカン・ディアスポラのニューヨーク─多様性が生み出す人種連帯のかたち─』(彩流社,2012年)。
村田奈々子『物語 近現代ギリシャの歴史─独立戦争からユーロ危機まで─』(中央公論新社〔新書〕,2012年)。

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