2011年5月21日土曜日

2011年度歴研近代史部会大会

2011年度 歴研近代史部会 大会

植民地認識を問い直す──継続する「戦争」、終わらない「分断」

日時:2011年522日(日)、10:00~

会場:青山学院大学青山キャンパス[会場案内図]

報告者:
愼蒼宇さん
「朝鮮半島の「内戦」と日本の植民地支配──韓国軍事体制の系譜」
浅田進史さん
「植民地における軍事的暴力と社会創造──ドイツ植民地統治の事例から」

コメンテーター:宋連玉さん、檜皮瑞樹さん

司会:繁田真爾さん(近代史部会運営委員)、上地聡子さん(近代史部会運営委員)

主旨文:

 19世紀以降に構築された植民地主義は、今なお機能している。現代における資本と労働の新たなグローバルな編成のもとでは、かつての『先進』/『後進』 の枠組みは融解したかに見える。しかし、植民地支配から連なるむき出しの暴力と社会の分断は、旧植民地社会に偏在し、この枠組みをむしろ再編成し強化している観さえある。これらの意味で、“植民地支配は終わっていない”。この植民地主義の継続に対して、旧宗主国の人々の関心が希薄であるならば、そうした継 続を不可視化する構造を問う営みは喫緊の課題であろう。

 近代史部会はここ数年「近代の支配原理」に注目してきた。今年度はその一環として、継続する「戦争」と終わらない「分断」という観点から植民地支配とそ の認識を再検討する。植民地研究の多様なアプローチのひとつとして、植民地時代から継続して現地の社会を規定してきた政治的な権力関係に対する新たな認識 を喚起した「植民地責任」論が近年とくに注目を集めており、2010年度の大会全体会「いま植民地責任を問う」でも取り上げられた。我々はこの「植民地責任」論の成果のなかでも、とりわけ次の二点──1. 制度的な独立以後も暴力的な支配体制が残存し、その社会を分断したシステムもまた解体されることがなく、 むしろより巧妙な権力関係となって現在まで機能し続けていること、2. いわゆる戦時の問題のみを扱ってきた従来の「戦争責任」論とは異なり、平時を含む恒常的な生活の破壊についても考察の対象としたこと、に注目したい。

 植民地主義は、表向き現地の安定と発展を標榜することで支配の正当性を確保していた。反面、その社会を支えてきた独自のシステムは非合理的なものとして 否定され抑圧されるとともに現地の人々を引き裂き相争わせるシステムがその社会の深くにまで打ち込まれる。たとえば英国のパレスチナ委任統治においては、 欧米「ユダヤ人」を頂点とした支配体制を構築するために、現地アラブ人社会のあり方を「野蛮」と規定して、旧来のイスラム教、キリスト教、ユダヤ教の宗教 共同体間秩序を破壊し、暴力の応酬を恒常化させた。このように植民地主義の支配体制は、現地社会を蹂躙しただけでなく暴力の契機を振りまくことで、なによ りも人々の生活を脅かし続けるものであった。そして、今なお世界各地ではその残滓に苦しめられている人々がいる。この意味で植民地とされた社会は今日まで 常に平和から最も遠い位置にあるといえるだろう。

 一方で宗主国の社会は、「文明化の論理」という神話のもとで、植民地支配体制を是認していた。この論理に従うなら、本大会のキーワードである「戦争」と 「分断」は、宗主国側からすればたとえば「秩序維持」と「社会の再編成」と読み替えられる。植民地社会を暴力的に組み換え、宗主国に都合のよいシステムに 変容させられる過程は、この読み替えのレンズを通すことで悲惨な現地の実態や血生臭さが取り除かれ、好ましい価値観を付与され、宗主国社会の人々の歓心を 得る幻想へと置換された。「共存共栄」というようなグロテスクな幻想は、こうした正当化の読み替えを植民地への認識上の暴力に変換させる重要な仕掛けであ る。この幻想の下では植民地の抵抗活動は目指すべき理想への障害として扱われ、抑圧や現地支配協力者への権力の強化を促すことになってしまった。加えて、 このような幻想が機能していることは、宗主国の社会、また国際社会からもその支配体制が是認され、宗主国同士の協力体制が構築されるうえで不可欠であっ た。

 植民地支配とは、このように植民地および宗主国、さらには国際関係にいたる多層な構造によって成立していた。これが継続して機能していることに関しては 多くの研究が指摘してきたことであるが、近年旧宗主国からの研究には植民地問題を正当化、合理化しようとするものが出てきている。植民地にまつわる幻想も また、いまだ機能しているようだ。植民地支配を通じて社会に内在化した「戦争」と「分断」のあり様に着目することで、このような幻想を批判し、近代以降に 構築されたこの暴力的な構造が、まさに我々の現在の社会の基礎にあることを明らかにして、植民地認識への新たな地平を拓くことを目指したい。

 以上の問題関心から、今回は以下の二人に報告を依頼した。

 愼蒼宇氏「朝鮮半島の「内戦」と日本の植民地支配──韓国軍事体制の系譜──」では、現代韓国における軍人優位の体系と民衆運動抑圧の体制が、日本と朝 鮮独立運動との50年にわたる「戦争」経験のなかでどのように形成されてきたのかを、1. 「親日派」軍人の形成過程、2. 植民地戦争下の社会組織化(自衛団/ 密偵組織など)、3. 朝鮮民衆の生活への影響と対立の様相、という三点に着目しながら検証する。そして、現代の朝鮮半島の「戦争」と「分断」に植民地主義が どのように再編されつつも継続しているのかを問い直す。

 浅田進史氏「植民地における軍事的暴力と社会創造──ドイツ植民地統治の事例から──」では、19世紀末・20世紀初頭のドイツ植民地統治の事例を通じ て、軍事的な暴力の存在・威圧・顕示・行使が植民地支配下に置かれた社会に与えた衝撃を、破壊のみならず、「創造」の側面に着目して再検討する。とくに、 その暴力を通じた社会創造──まさに「分断」の創造でもある──が、当時の植民地支配を前提としていた世界秩序をいかに支えていたかについて考察する。

 両氏の報告に対し、宋連玉氏と檜皮瑞樹氏からコメントをいただく。あわせて多くの方々の参加と議論をお願いしたい。

文責:武田祥英